セサール・マンリケの装飾スタイル

29 6月, 2019
今日は、建築家セサール・マンリケと、自然と融合したその装飾スタイルをご紹介します。
 

セサール・マンリケの装飾スタイルはまだあまり知られてはいません。マンリケはアートと建築の世界で足跡を残しました。セサール・マンリケを世界的に有名にしたのは、彼のアート作品だけではありません。ランサローテ島(彼の故郷の島)の名を世界中に広めたことでも知られています。

また、マスツーリズム業界とそれが及ぼす環境問題について意見したことでも知られています。

ランサローテ島には彼の作品が多く残っており、彼が設計したツーリストセンターは、通りに面しているのに、自然の中に完全に溶け込んだ作りになっています。

今日はセサール・マンリケの装飾スタイルをご紹介します。ぜひあなたの家のインテリアに参考にしてみてください。

セサール・マンリケ

1919年にランサローテ島で生まれたマンリケは、画家、彫刻家、そして建築家として名を成しました。彼はマドリッドで勉強した後、ニューヨークへ移り住み、そこでポップアート、アメリカの抽象表現主義、キネティックアートの世界に飛び込みました。

70年代半ば、マンリケは故郷のランサローテ島に戻ります。そこで当時革新的だったプロジェクトに取り掛かりました。それはアート、建築、デザインを自然環境と合体させるというものでした。

こうしたプロジェクトにより生み出された作品は、現在もランサローテ島の芸術・文化、観光の中心として残っており、それがランサローテ島の名を世界に広めることになりました。

アートと自然の調和を目指し、環境保護を訴えたマンリケは、1978年に世界エコロジー観光賞を受賞しました。

 

1983年には、彼が住んでいた家にセサール・マンリケ財団を設立。彼がキャリアを通して訴えていた環境、アート、文化の融合を広めるために、この財団は作られました。

彼は自動車事故で1992年に亡くなりました。彼がデザインし設計したエリアは、自然環境の偉大なる芸術的価値を今も私たちに教えてくれています。

セサール・マンリケ

マンリケのスタイル

マンリケの大きな特徴は、自然、アート、建築の融合です。彼はアートネーチャーもしくはネイチャーアートと呼んだ新コンセプトを創造したのです。自然と不自然の要素を組み合わせて作った独特な作品は見たことのない美しい光景を生み出しています。故郷であるランサローテ島が創造力の源でした。

セサール・マンリケ

装飾におけるマンリケ流哲学

マンリケがインテリアのデザインや装飾を行う際に用いたロジックは非常にシンプルです。彼は自然の要素、その色や影響力を家の中に取り込むことを試みたのです。

 

家にいても、セメントで囲まれた家というより自然の中にいるように感じると彼は言っていました。こうした効果をもたらすために、サボテンのような地域の植物、ランサローテ島の火山をイメージする色、そして有機的な形を彼は使いました。

彼の作品は、その色合いが、北欧スタイルを思い起こさせるかもしれません。

セサール・マンリケのスタイルでよく使われる色

  • 白やベージュなどの明るい色
  • 黒と赤(ランサローテ島は火山島です)
  • 緑 ランサローテ島には緑は多くありません。わずかな植物と花があるだけで、多くはサボテンです。
  •  空と海の色です
セサール・マンリケ

セサール・マンリケのスタイルで使用されている形状は、非常にシンプルで有機的です。全く真っすぐではありません。これは、幾何学的な形状を特徴とする彼の芸術的側面において変化していったものです。

プールがまるで青い湖のように見えるのは、形状が長方形ではなく、直角な部分がないからです。開放感のある大きな窓があるカナリア諸島の建築様式が、マンリケのスタイルに影響を与えました。現在は財団の建物として使われている彼のかつての家が良い例です。

要素

マンリケは、木、黄麻、溶岩といった自然の要素を使いました。植物、特にサボテンも彼の重要なアイテムでした。彼の作品のもう一つの重要な特徴が光です。マンリケがデザインした部屋は白が圧倒的に多く、テキスチャー加工された壁や砂を用いた手入れの行き届いたエリアは、彼のスタイルの特徴です。

 

まとめ

セサール・マンリケの装飾スタイルは比較的真似しやすいでしょう。彼がランサローテ島で持っていたような豊かで独特な環境を見つけることが一番難しいかもしれません。