【コロンビアの建築家】ロヘリオ・サルモナのレンガ建築

ロヘリオ・サルモナは、ラテンアメリカの建築において重要な人物です。彼のレンガ建築はさまざまなスケールで機能するデザインの素晴らしい例となっています。彼のプロジェクトは建築全体としての視点を失うことなく、レンガの形や触感など細部にまで考え抜かれています。
【コロンビアの建築家】ロヘリオ・サルモナのレンガ建築

最後の更新: 22 8月, 2020

コロンビアの建築家、ロヘリオ・サルモナのレンガ建築は、彼の母国とヨーロッパの文化の両方に強いつながりがあります。彼の作品はコロンビアのレンガで作られており、とても広く知られています。

サルモナのレンガの使い方は実に素晴らしく、さまざまな機能を兼ね備えています。壁など通常の使い方だけでなく、床や天井といった普通はあまり使われない部分にもレンガを使用しています。彼の建物からは様式的に見事な建築を作ることができるという点で、彼の素晴らしい才能をうかがい知ることができます。

ロヘリオ・サルモナは自分の手がける建物は全てオリジナルなものにしたいと考えていました。自分だけの特別な作品をデザインしたのです。それは機能性と見た目が見事に合わさった非常に繊細なデザインとなりました。

サルモナの作品はかなり明確にスペイン征服前の時代の影響を強く受けています。それは彼のラテンアメリカ人としてのルーツと明らかに結びついています。彼の建物は都会で暮らす人のスペースを尊重しており、レンガやむき出しのコンクリートを巧みに使用しているのです。

ロヘリオ・サルモナ:パリとボゴタ

ロヘリオ・サルモナ

サルモナは1927年にフランスに生まれましたが、コロンビアのボゴタで主に育ちました。コロンビアには1931年に移り住み、その後建築を勉強し始めました。

また、少しの間勉学を中断してパリに行き、ル・コルビュジエと共に働きました。これは彼にとって決定的となる経験になりました。1947年にル・コルビュジエがコロンビアを訪れたことでこれは実現したのですが、サルモナは結局1949年から1958年までパリに滞在することとなりました。

ル・コルビュジエのスタジオで働いている間、サルモナは大きな問題に取り組み始めました。これは寝室から建築の記念碑的性質まで多岐にわたるものでした。

サルモナがル・コルビュジエのスタジオにいる間は、スタジオにとって最も実りある生産的な時期の一つでした。つまり、マルセイユのユニテ・ダビタシオンやロンシャンの礼拝堂、チャンティガール都市計画、アフマダバードの建築などの一大プロジェクトが行われたときです。ロヘリオ・サルモナはル・コルビュジエとアイディアを大いに共有し合ったのでした。

ル・コルビュジエ自身が、この時期を「景観、気候、伝統の調和」の時期だと定義しています。そう言えたのは、その場所の深い知識を持っていたからです。1962年、ル・コルビュジエとの仕事を終えたサルモナは、建築の学位をとるためにコロンビアへと戻りました。

コルビュジエと時間を過ごしたことで、サルモナは都市を再考し、社会的に示唆されるものを使って都市化を再分析したいと考えるようになりました。彼は、社会における建築の責任や重要性について理解するようになっていたのです。

ル・コルビュジエとの仕事をしたことで一つ確実になったのは、近代のコンセプトに関する彼の研究です。これらの研究を通して、彼は建築の本質にたどり着いたユニークな作品を作ることができるようになったのです。

「形態と素材は切っても切れない関係にあるので、素材が変わればその形態も変えなければならない。」

―ロヘリオ・サルモナ-

ロヘリオ・サルモナの建築:レンガの詩

ロヘリオ・サルモナ

サルモナの作品の大きな特徴は、レンガやむき出しのコンクリートが使われているという点です。また、人口水路や池などといった形で、水も連結装置のような役割でよく使われています。

これらの素材を使うことが、結局サルモナの建築を特徴づけるものになりました。建物の表面に慎重にレンガを組み込むことで、他にはない美しさを作ることに成功しているのです。

レンガに関しては、作品の中で多様な使われ方をしています。骨組みからわき柱、まぐさ、その他の構造的要素すべてにレンガが使われています。サルモナは細部にまでこだわりを持っていたので、一つ一つモデル、サイズ、色、触感などをデザインしました。

コロンビア出身の彼の建築はほとんど民俗学的で伝統的なものです。母国にはどこにでも見られる素材である粘土を使用し、それによって独自の建築の言語を作り出したのです。

ロヘリオ・サルモナはスペイン占領前の建築、特にアステカの建築から多くのインスピレーションを得ています。テオティワカンやチチェン・イッツァを分析し、オープンスペースの一般的な使い方を再考しました。窓やフレーム、そしてスペースや私たちのスペースの中での動き方などについての新しいアプローチ方法を発見したのです。

ボゴタでのキャリアはとても順調にスタートしました。いくつかの実験的な建物から始めており、この時期に注目に値するプロジェクトには、リブレ・デ・コロンビア大学の学士校舎(1962年)や、コロンビア建築協会の本部(1961年~1970年)などがあります。

主なプロジェクト

ジェネラル・アーカイブ・オブ・ザ・ネーション(ボゴタ)

ロヘリオ・サルモナ

ジェネラル・アーカイブ・オブ・ザ・ネーションは、コロンビアの記録を集めた場所であり、文化的なスペースとなっています。そこで、サルモナは建築と、その中にある書類との間に詩的な意味と記録的な意味を含んだつながりを必ず持たせたいと思っていました。

このボゴタにある建物の表面はレンガでできています。まるで保護ケースのようになっているのです。パティオや内外の広場など全体を通して水の流れる水路が通っています。

また、この建物のまわりにある主な建物とも調和するように建てられています。北と南にわかれており、両者が共有スペースでつながっています。

ロヘリオ・サルモナ

この図書館はボゴタの北側にあります。これはシモン・ボリバル中央公園とビルヒリオ・バルコ公園の含まれるさらに広い複合施設の一部です。建物を自然のスペースの中に統合する方法の素晴らしい一例でもあります。

この建物へのル・コルビュジエの影響はとても顕著です。サルモナは文化と景観を大切にしつつ、その環境から大いにインスピレーションを得てデザインを行いました。

サルモナは地面の一部を掘って、約5メートルの斜面を作りたいと思っていました。これにより様々なサイズのスロープを作ることが可能になり、色々な形の道、広場、池、オープンスペースを作るのに役立ったのです。

カルタヘナのゲストハウス

ロヘリオ・サルモナ

カルタヘナにあるこの家の目的は、コロンビアの大統領のゲストを迎えることでした。サルモナはこの家に歴史的な引用(スペイン征服前と後)を加えたものにしたいと考えていました。その一つとして、パティオという伝統を取り戻すことがありました。これは、コロンビアでは忘れ去られていたものだったのです。

この家には7つのパティオがあり、それが基本的な構造になっています。その内の2つはミーティングルームになっています。残りは室内から室外へとつながる伝統的なスペースになっています。

この建物に使われた素材は、レンガ、珊瑚色の石、テラコッタ(赤土の素焼き)、コンクリート、そしてさまざまな堅木です。この多てもののデザインには自然の要素が重要な役割を果たしています。

多くの賞を受賞しているサルモナは、何度もその素晴らしい才能を世に知らしめています。彼の建物は、細部へのこだわりと都市への愛にあふれたレンガ建築なのです。

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