豪華絢爛! ネオ・アンデス建築「チョレー」 

10 9月, 2020
「チョレー」という建築には、アンデスのコミュニティであるアイマラ族の人々の特徴がまとめられています。チョレーはその明るい色使いとアンデスモチーフの幾何学的デザインから、国際的な注目も集めています。

「チョレー」とは豪華絢爛なアンデス建築の産物です。その色や幾何学的なデザインから、この新し様式で立てられた建物は一目でそれとわかります。そのユニークさに加えて、チョレーはアンデスの高地のホットなトレンドになっているのです。

この新しいスタイルはフレディ・ママニ氏の現代アンデス・アイデンティティへの飽くなき探求から生まれました。ママニはエンジニア兼建築家となる前はレンガ職人として働いていました。

フレディ・ママニは、ボリビアのラパスのすそ野にあるエル・アルト市に注目して研究を行いました。この急速な成長を遂げている都市は、ボリビアの郊外からの人の流入によるものです。

50年以上前、最初にエル・アルトにやってきた人々が家を建てましたが、それからというもの、ブルジョワジーのアイマラ族人口がどんどん増え続けています。そして彼らがフレディ・ママニ氏を建築家として選んだのです。

フレディ・ママニ氏:独学の建築家

チョレー

このボリビアの建築家は、ラパスのアロマ地区にあるカタビというアイマラ族のコミュニティで生まれました。そして20歳前後からレンガ職人のアシスタントしとして働き始めました。

レンガ職人として働いた後、サン・アンドレス大学で土木を専門として勉強しました。卒業後、ボリビアコンピューティング大学で土木工学の学位を取得、独学で建築の研究を行いました。

このネオ・アンデススタイルの「チョレー」は最初から成功を収めました。すべては電話輸入業を営むフランシスコ・ママニ氏が建物を立てたいと思ったことから始まりました。どんなものを建てたいかを考える前に、彼はフレディ・ママニ氏に連絡を取りました。

そこでフレディはアンデスのモチーフや色を使ったエレガントな見た目で、イベントに使える大きな部屋があるような建物を提案しました。そんなデザインのものは町には一切なかったので、このデザインは大きな変化を意味するものでした。しかし、これが完成してからというもの、その後同じような建物が70軒以上も建つことになりました。

これらの建物は6階建てで、エル・アルトのアーバンシーンの中心となっています。とても明るい色使いで訪れる人の目を引きます。

エル・アルトの普通の建物はむき出しのレンガで建てられているので、チョレーの色はとても目立ちます。レンガがモノクロで冷たく乾いた背景を作り出しているのです。

「私の建築はエキゾチックな建築ではありません。そうではなく、アイデンティティを伝え、文化のエッセンスを取り戻すようなアンデス建築なのです。」

―フレディ・ママニ―

「チョレー」-アイマラブルジョワジーの豪華絢爛なネオ・アンデス建築

ネオ・アンデス建築「チョレー」

歴史を通して、エル・アルトはボリビアの郊外から何千という移民を受け入れてきました。そして50年以上の成長の中で新しいアイマラ系の中上流階級が形成されていきました。

この新しい階級がフレディ・ママニ氏と彼の作る作品、そしてその素晴らしい才能に目を付けました。ママニ氏はアイマラ族のアイデンティティ、建築、文化を自身の作品の中に見出していたのです。彼は「本来の文化の要素を復活させることで、町にアイデンティティを与えたい」と発言しています。

「チョレー」とは、スペイン語で家の一種を表す“chalet(チャレ―)”と国民意識の一つ“cholo(チョロ)”を掛け合わせた言葉で、現在アンデスの高地に点在しています。特徴は、大きな窓があり、石膏型のプラスチック素材でできた外壁を持っています。

外壁には自由でモダンな幾何学モチーフと、補完的に鮮やかな色が使われています。最も良く使用されるのはオレンジ、緑、青、黄色です。

アイマラ族は、家とは決してとどまることのなく動き続ける宇宙だと考えています。ですので、常にお祝いをして人生を謳歌する必要があるのです。お祝いにはお金を使うので、それがコミュニティの助けにもなります。そのため、チョレーはさまざまな役割を果たす建物になっていることが多いのです。

こういったサイケデリックな見た目ともいえる建物は、実は「アグアヨ」の色使いからインスピレーションを得ています。アグアヨとはアイマラ族の女性が様々な用途に使用するタペストリーのことです。

しかし学術的な基準に従わずに文化的な追究をした結果、フレディ・ママニ氏の建築には厳しい批判が浴びせられています。ただ、彼自身は全く動じていないようで、以下のように言っています。「古い建築の基準を壊したという意味では、私は有罪ですね。」

「チョレー」建築の中のアイマラ族のアイデンティティ

チョレー 建築

アイマラ族の文化では、なにかと理由をつけてお祝いをします。元のコミュニティが都市に移住してきた際にも、このアイマラ族の文化的伝統を持ち込みました。

フレディ・ママニ氏のデザインにおけるダンス場は、この伝統を守るのにぴったりです。彼はアイマラ族の典型的な慣習をしっかりと建築の中に取り入れたのです。

このダンス場は広く高い天井をしています。そしてバーやダイニングエリア、ダンスフロア、バンドのためのステージなどを備えています。鏡が壁や天井の光を反射し、はるばる中国からもたらされたライトが吊るされています。

ダンス場が建物の一階を占め、その他の階は賃貸になっています。ほとんどの場合、テナントはビルのオーナーの子どもたちです。いずれにしてもパブリックスペースはしっかりと管理されています。そしてビルの美しい外壁がすべてのフロアをまとめています。

「チョレー」への世界の反応

ネオ・アンデス建築「チョレー」

ほんの数年前、フレディ・ママニ氏の人生と作品についてのドキュメンタリーが公開されました。Cholet: the world of Freddy Mamani( チョレー:フレディ・ママニの世界)』というタイトルで、アイザック・ニーマントが指揮したこのドキュメンタリーは、ロッテルダムドキュメンタリー映画祭で高く評価されました。

さらに、カルティエ現代美術財団が、2018年の“Nomadic Nights”というイベントにアンデスのパーティーというブースを作るよう、ママニ氏に依頼しています。このイベントは彼が活躍しエル・アルトの文化がパリに持ち込まれた瞬間であり、チョレーが国際的な名声を得ることとなりました。

中央銀行のボリビア文化財団も、ラパス国立美術館にフレディ・ママニ氏の作品を展示しています。最初に公開されてから、この展示はスクレ、ポトシ、サンタ・クルスなどボリビアの各地を回りました。

チョレーはネオ・アンデス建築の豪華絢爛さをあますことなく引き出し、アイマラ建築の宝になっています。フレディ・ママニ氏の作品のおかげで、この文化的アイデンティティは新しい表現方法を見つけることができました。チョレーはラテンアメリカのアートを豊かにしている、新鮮で芸術的な表現方法なのです。